謡について
西洋音楽的な観点から見ると、謡は絶対音高の感覚はなく、テンポも固定されていない。
ここでは譜面と音源をPDFにて掲載した。PDFには、左に伝統的な記譜で書かれた謡本、右に上中下の三線譜で表したものと五線譜を載せた。上中下の三線譜は、謡本をそのまま理論上の読み方をわかりやすく図解したもので、五線譜は聴こえたままを記譜したものである。「SOUND」ボタンを押せば、該当部分の音源が視聴できる。
「 で役名を入れた。シテは主役のこと、コーラスは地謡が謡う箇所のことを指す。今回は役名に関係なく、青木涼子がすべてを謡っている。
注:音源を再生するには、譜面PDFをパソコンにダウンロード後、Acrobat Readerで
閲覧する必要があります。
謡=詞+節
謡は詞と節で構成されている。
観世流大成版、檜書店
- 詞(ことば)
文章にゴマ点(節博士)が記してない台詞の部分。「羽衣」詞 観世流大成版、檜書店(ここは台詞なので五線譜は載せていない)
- 節(ふし)
文章にゴマ点(節博士)および節の記号がある部分。
※「節博士」(ふしはかせ)・・ゴマ点の正式名称。節を記述する博士譜。要するに線分を書いて、それによって言葉の節回しを記述した、楽譜のようなもののこと。
↓これ以降はすべて節の説明となる。
節=ツヨ吟+ヨワ吟
節はツヨ吟とヨワ吟から構成されている。
- ヨワ吟
比較的柔らかい息づかいで謡われる。女性のような優美な役柄で用いられることが多い。 - ツヨ吟
強い息づかいでヴィブラートを効かせる謡い方。ヨワ吟の音階を1オクターブ以下の狭い音域に圧縮したような構造をもっており、勇ましい男性の役柄の時用いられることが多い。
基本音階
能は絶対音高を定めない。ここでは青木涼子の音域による相対的な音程を示す。能では、実際の音の高さが毎回こうなるわけではなく、それぞれの音の高さを決めるものは演者の声の質であり、また役柄によってもさまざまに変化する。これはそれぞれの音程関係を示すだけである。
節の法則
節は一定の法則をもって、推移する。
-
・上音、中音、下音と必ず順を追って昇降する。(上音から下音、下音から上音へ移動はない)
- ・上音から中音にさがる場合には、その前に必ず上音が浮き、中音から上音にあがる場合には、その前に必ず中音が浮く。
- ・中音と下音とは互いに直接昇降する。
「巴」次第 三宅秔一「節の精解」1990、檜書店
-
・上音から中音に転じるときには音を下げない
- ・下ノ中から下音に転じるときには音を下げない
- ・ヨワ吟と異なる主要点
主要音の四本立てと音階の二本立て
ヨワ吟 上音、中音、下音の三本立て
ツヨ吟 上音、中音、下ノ中、下音の四本立て
ツヨ吟の実際の音の高さは音階二本立て 1(上音・中音)2(下ノ中・下音)
「小袖曽我」次第 三宅秔一「節の精解」1990、檜書店
「小袖曽我」の例では、1(上音・中音)2(下ノ中・下音)で表した。
例:通常ヨワ吟で謡う「竹生島」の一部をツヨ吟でも謡ってみると違いがわかりやすい。
「竹生島」ヨワ吟(通常の形) 観世流大成版、檜書店
「竹生島」ツヨ吟(仮のもので、実際は存在していない)
謡のリズム
(ここでは能の囃子と合わせて謡う場合のリズムを説明する。単独で謡う場合はこればかりではない)
節=拍子不合+拍子合
リズムに関しては、節は拍子不合と拍子合で構成されている。
- 拍子不合
ビートを主張しない謡。共に演奏する囃子も拍節感をぼかし、等間隔でない演奏をする。詞から拍子合の謡に移行するつなぎとして用いられたり、詞と交えて謡われたり、詞の延長線上と捉えることが可能な場合がある。「羽衣」拍子不合 観世流大成版、檜書店
(ここは台詞の延長とみなし、西洋譜は載せていない) - 拍子合
拍節が明確なもの。原則的に八拍子からなる。共に演奏する囃子も八拍のリズムを等拍に刻むことが多い。
↓これ以降はすべて拍子合の説明となる。
拍子合
1平ノリ
七五調十二文字を八拍子に配る。原則として一・三・五字目を二字分(これをモチという)として全部で十五字と一字分の休止符とする。この平ノリは一番複雑で変化がある拍子法で、能の幽玄の基本で謡の8割が平ノリである。(太鼓は入らない)
「羽衣」クセ 観世流大成版、檜書店
2中ノリ(修羅ノリ)
二字で一拍を均等に強弱と打つ。(太鼓は入らない)
「清経」キリ 観世流大成版、檜書店
3大ノリ(太鼓ノリ)
※補足 地拍子について
基本は「八拍 本地」であるが、謡の文章が字不足・字余りがある時には以下のものを使用する。
六拍 片地(一地)
四拍 トリ
二拍 オクリ
また、前の句の語尾を引いて次の句の不足を補う。
本地の謡出しは八拍と一拍半の間、即ち八拍半から出る。
当ヤの間 一拍から謡う
ヤ 一拍半から謡う
ヤア 二拍から謡う
ヤヲ 二拍半から謡う
当ヤヲハ 三拍から謡う
ヤヲハ 三拍半から謡う
八拍子は理論的には同一間隔であるが、実際にはその時点での状況によって謡い方・打ち方の変化が起こる。原則は厳然とあるが、実演ではシテ、地謡、四拍子の能管、大小及び太鼓の各々が互いに複雑に緩急を変化させる事によって、ずれが生じ緊張感が生み出される。これが実演の醍醐味となっている。
参考資料:
三宅秔一「節の精解」1990、檜書店
西野春雄、羽田昶「能狂言事典」1999、平凡社
三浦裕子「能・狂言の音楽入門」1998、音楽之友社